スキージャンプ女子の伊藤有希選手が、2026〜27シーズン限りで現役を引退すると発表しました。
所属先の土屋ホームが発表したもので、オリンピックには4大会連続で出場、ワールドカップでは通算10勝を挙げてきた選手です(北海道新聞)。
「まだまだ飛べるのに、なんで今なん?」と思った方も多いのではないでしょうか。
この記事では、伊藤有希選手の引退理由と、最後の試合はいつになるのかをまとめました。
あわせて、オリンピック4大会の成績やこれまでの経歴も紹介します。
伊藤有希の引退理由は「夢を叶えたから」
先に答えを言うと、伊藤有希選手の引退理由は「自分で決めた夢や目標を叶えたから」です。
けがや不調で飛べなくなったから、という理由ではありません。
本人が語った引退の理由
伊藤選手はSTV札幌テレビの取材で、何かができなくなったり、何かをあきらめたりしたから引退するのではない、と話しています。
自分が設定した「夢だったり目標を叶えることができた」ので、気持ちに区切りがついたそうです(STVニュース北海道/Yahoo!ニュース)。
北海道新聞は、ワールドカップで2桁勝利に届いたことが、決断のきっかけになったと報じています(北海道新聞)。
その節目の勝利が、2026年3月15日のオスロ大会(ノルウェー)で挙げた通算10勝目です(チーム土屋 公式サイト)。
長く第一線で戦ってきた選手が、自分の目標をやり切ったうえで決めた引退なんですね。
引退を決めたときの心境
同じ北海道新聞の取材に対して、伊藤選手は引退の決断に「迷いはなかった」と語っています。
いつか来る引退について、これまでずっと考え続けてきたからこそ、すっきり決められたそうです。
また、最近のUHB北海道文化放送のインタビューでは、来年の今日はもうないと思うと、毎日の練習が新鮮に見えるようになったとも話しています。
終わりを決めたことで、ラストシーズンを前向きに楽しんでいる様子が伝わってきますね。
伊藤有希の最後の試合はいつ?ラストシーズンの日程
引退は2027年3月
伊藤選手は、2027年3月を最後に現役を引退すると報じられています(UHB/Yahoo!ニュース)。
つまり、2026〜27シーズンが正真正銘のラストシーズンです。
2026〜27シーズンの主な日程
| 時期 | 大会 | 開催地 |
|---|---|---|
| 2026年11月20日〜22日 | ワールドカップ開幕戦 | ノルウェー・リレハンメル |
| 2026年12月28日〜2027年1月5日 | 女子ジャンプ週間(女子は初開催) | ドイツ・オーストリア |
| 2027年2月下旬〜3月上旬 | 世界選手権 | スウェーデン・ファルン |
| 2027年3月18日〜21日 | ワールドカップ最終戦 | スロベニア・プラニツァ |
※日程は予定です。
変更になる場合があるので、最新情報は国際スキー・スノーボード連盟(FIS)や全日本スキー連盟の発表をご確認ください。
日本で開催される大会の日程は、発表されしだいこの記事に追記します。
女子のジャンプ週間は、男子では伝統のある大会ですが、女子は今季が初めての開催です。
伊藤選手のラストシーズンが、女子ジャンプにとって歴史的なシーズンと重なるんですね。
最後の1本がどこになるかは成績次第
最終戦のプラニツァで行われるフライングは、上位15人しか出場できないと、伊藤選手本人がSTVの取材で話しています。
つまり、最後の舞台がプラニツァになるかどうかは、シーズンの成績しだいなんです。
最後の1本をどこで飛ぶのか、ファンとしては最後まで目が離せませんね。
ラストシーズンの目標は「世界一」
引退を決めたからといって、伊藤選手は守りに入るつもりはないみたいです。
STVの取材では、ラストシーズンの目標として次の2つを挙げています。
世界選手権に出場すれば、10大会連続の出場になります(時事ドットコム)。
最後の最後まで世界一を狙う姿勢、ほんまにかっこええと思います。
伊藤有希のプロフィールと経歴
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 伊藤有希(いとう ゆうき) |
| 生年月日 | 1994年5月10日 |
| 出身地 | 北海道下川町 |
| 身長 | 161cm |
| 所属 | 土屋ホーム |
出典:Olympedia
両親もスキー選手のジャンプ一家
伊藤選手は、スキー一家に生まれました。
お父さんは元ノルディック複合の選手で、地元・下川町のジャンプ少年団の指導者です。
お母さんはアルペンスキーで、全日本選手権の優勝経験があります(北海道新聞)。
これだけスキーが身近な家庭なら、ジャンプを始めるのは自然な流れやったんでしょうね。
12歳で国際大会の表彰台に
伊藤選手の才能は、子どものころから飛び抜けていました。
2007年、札幌の宮の森競技場で行われた国際大会のコンチネンタル杯で、史上最年少の12歳で表彰台に立っています(北海道新聞)。
その後、2013年に同じ下川町出身の葛西紀明選手がいる土屋ホームに入社しました。
入社から13年間、同じチームで世界を目指してきたことになります。
オリンピック4大会の成績と主な実績
オリンピックの成績一覧
| 大会 | 種目 | 順位 |
|---|---|---|
| 2014年ソチ | 個人ノーマルヒル | 7位 |
| 2018年平昌 | 個人ノーマルヒル | 9位 |
| 2022年北京 | 個人ノーマルヒル | 13位 |
| 2022年北京 | 混合団体 | 4位 |
| 2026年ミラノ・コルティナ | 個人ノーマルヒル | 17位 |
| 2026年ミラノ・コルティナ | 個人ラージヒル | 14位 |
出典:Olympedia
大会ごとに種目が増えているのは、女子ジャンプの歴史そのものです。
女子はソチでノーマルヒルだけが採用され、北京で混合団体、ミラノ・コルティナでラージヒルが加わりました。
世界選手権では2大会連続の銀メダル
オリンピックのメダルには届きませんでしたが、世界選手権では2015年と2017年に個人で銀メダルを獲得しています。
ワールドカップでは通算10勝を挙げました。世界のトップで長く戦い続けてきた実績は、ほんまに立派なもんです。
女子ジャンプの道を切り開いた世代
伊藤選手は、女子ジャンプが初めてオリンピックに採用されたソチ大会から、高梨沙羅選手とともに4大会すべてに出場しました。
Number Webは、女子がジャンプをすることに偏見の声もあった時代から、2人がこの競技を盛り上げてきたと伝えています(Number Web)。
順位の数字だけでは見えない、伊藤選手のいちばん大きな功績は、ここにあるのかもしれません。
まとめ
スキージャンプの伊藤有希選手について、引退理由と最後の試合、これまでの経歴をまとめました。
女子ジャンプの歴史を最初から支えてきた伊藤選手の、最後のシーズンが始まります。
最後の1本まで、一緒に見届けたいですね。
今シーズンの日程や試合結果は、決まりしだいこの記事に追記していきます。


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